俳句の聖地!

金福寺

松尾芭蕉ゆかりの地で、美しい庭園や静かな境内をゆっくり楽しもう!

俳句の聖地!

金福寺

松尾芭蕉ゆかりの地で、美しい庭園や静かな境内をゆっくり楽しもう!

「閑(しずか)さや 岩にしみ入る 蝉の声」
 
誰でも一度はこの俳句を耳にしたことがあるのではないでしょうか。
これは江戸時代の俳人・松尾芭蕉の紀行文「おくのほそ道」におさめられている有名な一句です。
 
江戸を立ち東北、北陸を巡り岐阜の大垣まで旅をしたことで知られている松尾芭蕉ですが、今回は京都の一乗寺にある、芭蕉ゆかりの地でもある金福寺をご紹介しましょう!

○金福寺

金福寺があるのは、ラーメンで有名な一乗寺。

安恵僧都(あんねそうず)が創建し、のちに鉄舟和尚が再興した金福寺は、松尾芭蕉や与謝蕪村など、近世俳人にゆかりのある俳句の聖地として知られています。
 
また、大河ドラマにもなった「花の生涯」という歴史小説に出てくる場所です。

○知足のつくばい

他の寺院同様、新緑や紅葉の時期には多くの人々で賑わいますが、金福寺の魅力はそれだけではありません。
注意深く周囲を観察してみると、入り口の門を抜けてすぐのところに変わった形のつくばいが!
 
つくばいは、茶室に入る前に手を清める手水鉢。
水を受ける鉢は円形である印象が強いですが、こちらは四角形ですね!
この「知足のつくばい」は龍安寺のものが有名ですが、ここ、金福寺でも見ることができます。
 
中心の「口」の部分を共通にして時計回りに読んでみると、「吾唯足知(我ただ足るを知る)」と書いてあることが分かります。
知足とは足るを知ること。
すなわち、自分の身分をしっかりとわきまえて、貪りの心を起こさぬように、という意味です。

○本堂から庭園を眺める 

靴を脱いで本堂に上がると、白砂と築山の枯山水から成る風流な庭園をゆっくりと眺めることができます。
 
春には新緑、秋には紅葉と、四季折々の美しさを楽しむことができるため、何度来ても飽きることはありません。

○芭蕉庵 

本堂から出て丘に続く道を上っていくと、茅葺き屋根の草庵が現れます。
この草庵の名は「芭蕉庵」。
金福寺の鉄舟和尚と親しかった芭蕉が、京都を訪れた際、風雅の道をここで語り合ったそうです。
 
「憂き我を さびしがらせよ 閑古鳥」
これは松尾芭蕉がここで詠んだと伝わる句です。
 
 
一度は荒廃した芭蕉庵ですが、芭蕉を敬慕する俳人・与謝蕪村とその一門が一七七六年に再興し、今の形になりました。
 
芭蕉庵の縁に腰を下ろして、春には新緑に囲まれ風を感じ、夏には蝉の声を聞き、秋にはもみじの美しさに見惚れ、そして冬には寒空を眺める。
それは、最高の贅沢ではないでしょうか。
きっと芭蕉や蕪村らはこの体験に心を動かされ、句を詠んだのでしょう。
 
 
芭蕉庵を過ぎると、そこには与謝蕪村ら近世俳人の句碑や墓が並んでいます。
芭蕉庵、そしてこの句碑や墓こそ、金福寺が「俳句の聖地」と呼ばれる所以なのです!

夏も終わりに向かい、行楽シーズンの予定を考えるみなさん。
中心地から外れ、金福寺でゆっくり紅葉を見てみてはいかがでしょう?
ただ、紅葉の美しさばかりに目を取られず、寺院の歴史を深く知り、ぜひ細部にまで目を向けてみてくださいね!
 
知足のつくばいの奥深さ。
本堂から見える景色。
芭蕉庵の茅葺き屋根に積もった紅葉。
近世俳人の詠んだ俳句や墓。
紅葉だけでなく、「金福寺」全体を見ることで、そこがいかに歴史深く、魅力的な場所であるかを心の底から実感できるはずです。
 
 
琴子さんが間崎教授と金福寺を訪れたのは春でしたね!
そのときの様子は「夢と知りせば 1-3 うき我を『金福寺』」でご覧いただけます!
あれは京都に来て間もない頃だったのですね。
 
 
みなさんもぜひ金福寺を訪れて、近世俳人の思いを感じてみてはいかがでしょう?
こんこん!

名称 佛日山 金福寺
宗派 臨済宗南禅寺派
建立 貞観6年(864年)
住所 京都市左京区一乗寺才形町20
TEL 075-791-1666
アクセス 市バス「一乗寺下り松町」下車徒歩約7分

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