4−17 まだふみも見ず「天橋立」
天橋立ビューランドへ向かうには、リフトかモノレールに乗る必要がある。モノレールの発車にはまだ時間があったので、わたしたちはリフトに乗ることにした。
「わたし、リフトって乗ったことない」
ブランコのような椅子に乗っていく人たちを見たら、うまく乗れるか不安になってきた。足は宙ぶらりんだし、バランスを崩したら落ちてしまいそうだ。
「大丈夫だって。いけるいける」
みっちゃんはわたしの肩を叩くと、慣れた様子でひょいとリフトに乗った。ためらう間もなく、スタッフに促されてそのあとに続く。
リフトに腰を下ろした途端、ぐんっと体が引っ張られた。「ひぃ」と情けない声が出る。おそるおそる足元を見ると、思っていたほどの高さはない。
「大丈夫でしょー?」
前のリフトに乗っているみっちゃんが振り向いた。わたしは「そうだね!」と大声で返した。乾いた風が頬を撫で、わたしの黒髪を散らしていく。リフトが上がっていくにつれて、胸の奥までふわふわと浮き立っていくようだった。
山頂に到着すると、青い空がぐんと近づいて見えた。周囲には観覧車やサイクルカーもあり、まるで小さな遊園地だ。
「見て!」
振り向くと、広い青の真ん中を裂くように濃い緑が伸びていた。わたしは声を上げるのも忘れて、目の前に広がる景色を眺めた。
京都に住み始めて4年目。間崎教授といろいろな場所に行って、少しは詳しくなったつもりだった。だけど、ここにもまだ、わたしの知らない景色があった。
「あとでさ、あの陸地にも行ってみようよ」
「そうだね」
わたしはカメラを持ち上げると、呼吸を一度整えてからシャッターボタンを押した。写真を撮るたびに、わたしの宝物が増えていく。自分の目で見ることには敵わないかもしれない。だけど、それでもわたしは撮る。この感動を忘れないためにも。この日を、ずっと覚えておけるように。
他の観光客と同じように、頭を下げて股のぞきをした。長く伸びた緑が逆さまに見えて、まるで龍が空へ昇っていくみたいだ。ビューランドからのこの眺めは、「飛龍観」と呼ばれているらしい。
「あたしたちの写真も撮ろうよ」
近くにいたスタッフにカメラを預けて、みっちゃんとの写真を撮ってもらった。画面をのぞくと、天橋立を背景に仲睦まじい様子が写っている。
「やっぱり、みっちゃんは美人だね」
こうして並ぶと、みっちゃんの顔の小ささやすらりとした脚、くっきりした目鼻立ちが際立って見える。ここまで圧倒的だと嫉妬も自虐もする気になれず、ただ彼女の美しさに感心するばかりだ。
「何言ってんの。琴子もかわいいぞ」
みっちゃんは思い切りわたしの背中を叩くと、どんどん先に進んでいった。
ハロウィンが近いからか、園内にはあちこちにかぼちゃや魔女の装飾があった。ついこの間まで半袖だったのに、気づけばもうこんなにも季節が進んでいる。そのうち紅葉が深まり、雪が降り、気づけばまた春が来るのだろう。別れの時が、また一歩近づいている。
「あれ乗らない?」
みっちゃんが指さした先を見ると、ゴーカートに乗った親子が声を上げながらコースを走っていた。
「うわ、懐かしい。乗れるかな」
「何言ってんの、免許だって持ってるくせに。行こっ」
久しぶりのゴーカートはうまく息が合わず、思うように前に進まなかった。大したスピードは出していないのに、わたしもみっちゃんもきゃあきゃあと声を上げ、まわりの子供たちにふしぎそうな目で見られた。
こうして思い切り遊んでいると、子供の頃に戻ったみたいだ。最後に遊園地に来たのはいつだろう。わたしたちは、いつの間に大人になってしまったんだろう。
間崎教授といる時は、早く大人になりたいと思っていた。教授にふさわしい人であるようにと、常に背伸びをしているような気分だった。だけどみっちゃんといると、いつまでも子供でいたいと思う。いつまでもこうして、笑い合っていたいと思う。
思う存分遊び尽くしてから、わたしたちは下りのリフトに乗った。ビューランドから見えた陸地に行くため、廻旋橋を渡る。そこには背の高い松が並んでいて、犬の散歩をしている人や、サイクリングをしている人もいた。
白い砂浜はやわらかく、一歩進むたびに足が深く沈み込んだ。海は太陽の光を弾いてちかちかと瞬き、波の音が耳の奥をやわらかく震わせる。
わたしたちは、しばらく黙ったまま海を眺めた。青い海面を見て、波が泡立つのを見て、砂の色が濃いところと白いところを見ていたら、この時間が永遠に続くような気がした。昨日、家でカップラーメンを食べていたことや、洗濯物をたたんでいたこと、何時間もベッドの上で携帯電話をいじっていたこと。そういう日常がわたしから波紋みたいに遠のいて、今こうして海を眺めている時間こそが本当に必要なことのような、そんな都合のいいことを考えた。
「おなかすかない?」
時間に区切りをつけるように、みっちゃんが言った。時計を見ると、もう13時になろうとしている。
「すいた。めちゃめちゃすいた」
「実は、行きたいところがある」
みっちゃんはにやりと笑って、携帯電話の画面を見せた。そこには「海鮮かわさき」という店名と、大きな海鮮丼の写真があった。
「うわぁ、おいしそう。みっちゃんは何でも知ってるね」
「任せろ」
教授がわたしに京都のことを教えてくれたように、みっちゃんもいろいろなことを教えてくれた。上手なメイクや流行りのカフェ、効率的なレポートの書き方、河合神社の美人絵馬、カリソンという幸せのお菓子。そして、世界がとても広いということ。
わたしたちは今、あたりまえのように隣にいる。メッセージ一つですぐに会える距離にいる。卒業したら離れてしまうのは、間崎教授だけではない。東京で就職するわたしと、カナダにワーキングホリデーに行くみっちゃん。時差だってあるだろう。生活リズムだって変わるだろう。
それでも、ずっと一緒にいたい。こんな時間が、いつまでも続けばいい。そう願いながら、わたしはみっちゃんの隣を歩いた。
| 名称 | 天橋立ビューランド |
| 住所 | 京都府宮津市文珠437 |
| 開業 | 1970年5月 |
| アクセス | 京都丹後鉄道 天橋立駅から徒歩5分 |
| 開園期間 | 一年中 |
| TEL | 0772-22-1000 |
| URL | https://www.viewland.jp |
| 参考 | 最新の情報はHP等でご確認ください。 |
| 店名 | 海鮮かわさき |
| 住所 | 京都府宮津市字漁師1775-33 |
| アクセス | 丹後海陸交通バス「キセンバ港館」徒歩5分 京都丹後鉄道「宮津駅」徒歩16分 宮津駅から1,176m |
| TEL | 0772-22-6953 |
| 営業時間 | 月・火・木・金 11:30 - 13:30 土・日・祝日 11:00 - 13:30 |
| 定休日 | 毎週水曜日 月2回不定休 |
| URL | https://www.facebook.com/kaisenkawasaki/?locale=ja_JP |
| 注意 | 最新の情報はHP等でご確認ください。 |