八坂庚申堂のくくり猿。

15 目離るとも「八坂庚申堂」

――見つからない。
 
携帯電話の画面に写った画像を眺めながら、わたしはうーんうーんと首をひねった。
 
間崎教授の「宿題」を片づけようと祇園へ飛び出し、はや3時間が過ぎようとしている。写真に写る「見ざる・言わざる・聞かざる」の三猿を探して歩き回っているのだけれど、未だに見つかる気配はない。
 
一言で祇園と言っても、範囲は広い。何のあてもなくふらりふらりと気の向くまま歩いていたのだけれど、じりじりと身を焦がすお天道様に体力を奪われ、そろそろ、足が痛くなってきた。
 
八坂神社を出て東大路通を南に歩いていくと、大きな綿菓子を持った着物の女の子たちが、はんなりと歩いている。あれは、「JEREMY&JEMIMAH」の京わたがしだわ。一度、友人と一緒に食べたことがある。ものすごく大きくて、まるで甘い雲を食べているみたいだった。飲まず食わずで歩いていたから、そろそろ糖分が恋しくなってきた。この三猿を見つけたら、自分へのご褒美に買って帰ろう。
 
やみくもに歩き回っていても埒が明かない。別に、今日見つけなければいけないわけではないけれど、教授から、わたしだけに与えられた宿題だ。「君ならきっと、たどり着ける」――そう言ってくれた教授の、期待に、早く応えたい。
 
(琴子さん、琴子さん)
 
高台寺へと続く坂道を上っていたら、こん様が興奮したように名前を呼んだ。どうしたの、と尋ねようとすると、東に続く細い路地を、じぃっと見つめている。どこからか、女の子たちの楽しげな笑い声が耳に届いた。こんなところに、一体、何があるのかしら。なんとなく気になって進んでいくと、朱色の門がわたしたちを待っていた。
 
建仁寺とは違って、こじんまりとした門だった。それなのに、門の向こうはきゃあきゃあと興奮したような声で溢れ返っている。門のそばに建てられた石碑には、「庚申堂」と刻まれていた。
 
(ここは八坂庚申堂。正式名称は、大黒延命院金剛寺。「庚申」とは……)
 
「……あっ!」
 
人混みの向こうにある「何か」が目に入り、思わず、走り出した。こら、人の話を聞きなさい、と、カメラにぶら下がったこん様が、怒ったようにぶらぶらと揺れているけれど、そんなこと、気にしている余裕はない。
 
そこには、色とりどりのお手玉のようなものがたくさんつるされていた。色鮮やかな着物を身にまとい、ここを背景に写真を撮ると、まるでカラフルな海に浮かんでいるかのようで、とてもかわいらしい。赤、青、黄色。よく見ると、そこにはそれぞれ願いごとが書かれている。これは、一体何だろう。
 
「これは、くくり猿というんですよ」
 
受付の方に尋ねると、聞き慣れない単語が返ってきた。
 
「くくり猿? 猿が、くくられているのですか?」
 
「はい。くくり猿は、手足をくくられて動けなくなった猿の姿のお守り。欲望のままに行動する猿を動けない姿にすることで、欲に走らないよう、人間を戒めているのです」
 
「へぇー……」
 
手足をくくられている、なんて聞くと、ちょっぴりかわいそうな気がする。こんな場所があったなんて、知らなかったなぁ。八坂庚申堂、なんて名前も聞いたことがなかったし、それに、くくり猿なんて――猿?
 
わたしははっとして顔を上げた。ぐるりと、四方八方を見回してみると、ちょうど今、自分がくぐりぬけてきた門の上に、何やら、小さな後ろ姿が見える。もしかして、もしかしたら。加速する鼓動を抑えながら、もう一度、境内の外へと走り出た。二、三歩後ろへ下がり、屋根瓦の上に、目を凝らす。
 
――あった。
 
そこには確かに、教授から送られていたものと同じ、三猿がちょこんと座っていた。ああ、見つかっちゃった、とでも言いたげな、おどけた表情をしている。
 
レンズを、のぞく。ああ、なんてこと。手が震えて、うまく、シャッターが切れないわ。興奮が、足のつま先から心臓あたりまで、生き物のようにうねうねと這い上がってくる。ぐっと歯を食いしばって、力を込めて、シャッターのボタンを押した。
 
ようやく、見つけた。そう安堵したら、なんだか力が抜けてしまって、膝に両手を着いてうなだれた。疲れが息となって、口から出てくる。「君ならきっと、たどり着ける」――よかった、ちゃんと、たどり着けて。期待に、応えることができて。危うく、見落とすところだった。
 
ふらふらと、おぼつかない足取りで境内に入り、もう一度くくり猿に近づいた。色とりどりの、小さな猿。欲望を一つ捨てる代わりに、一つ、願いを叶えてくれるのだという。女の子たちがくくり猿を背景に、何枚も写真を撮っている、その光景。改めて見ると、それは正寿院に行った時と、どこか似ている。あの時もこうして、風鈴や猪の目窓を、はしゃぎながら撮っている人たちがいたっけ。普段のお寺と少し違う、なんとなく華やかで、かわいらしい。
 
――ああ、そうか。
 
まわりの様子を見て、わたしは、すべて、理解した。どうして教授が、わたしに宿題を出したのか。どうして、三猿を探させたのか。
 
わたしがすきだと、思ったからだ。
 
正寿院で目を輝かせていたわたしを見て、きっとここも気にいるだろうと。そう思ったから、教授はわたしをここへと誘導したんだ。思い返せば、三室戸寺でもそうだった。わたしに、ハートのあじさいを見せてくれた。それがきっと、あの人の、遠回りな優しさ。分かりづらい、気遣い。それは真綿みたいにやわらかで、ふわふわと形が不安定で、注意深く目を向けていなければ、きっと、気づかないくらいささやかなもの。
 
胸の奥が、きゅうっと、苦しくなった。こん様が、心配そうにわたしの顔をのぞき込んでくる。ああ、もう、本当に、わたしはいつも喜ばされることばかり。わたしのことをばかにしたり、からかったり、意地悪をしているように見えても、あの人はいつも、優しい。茂庵で出会った時も、そう。優しさを、まっすぐに与えてくれないの。いつも、涙を乾かす風のように、さりげなく、通り過ぎていってしまうから、気をつけないと、見落としてしまう。
 
境内を一周すると、あらゆるところに三猿がいた。見ざる、言わざる、聞かざる。こうして見ると、なんだかおもしろい表情をしている。決して広いとは言えないこの空間に、こんなにもおもしろさが詰まっているなんて。
 
(庚申待ち、というものを知って……いや、知らないでしょう)
 
「……なぜそう決めつけるんですか」
 
どこかで聞いたことがある台詞を吐くのは、小さな小さなきつねである。無知なわたしを嘲るその頬を思い切りつねってやりたい。こん様は「しかたないですねぇ、教えてあげましょう」と、ごほんと一つ咳払いをした。
 
(庚申日の夜、人間の体の中にいる三尸(さんし)の虫が、寝ている間に体から脱け出して、天帝にその人間の行った悪行を告げ口に行く。天帝は寿命を司る神であるから、悪いことをした人に罰として寿命を縮める。ところが、三尸の虫は、人間が寝ている間にしか体から脱け出ることができないので、庚申日は、徹夜をするのです。これを庚申待ちと言うのですよ)
 
「……おもしろい言い伝えがあるんですねぇ」
 
こん様の解説を聞き終えて、改めて、くくり猿を眺めた。きっと、こん様に教えてもらわなかったら、くくり猿のかわいらしさに心を奪われて、そんなおもしろいエピソードも、知らないままになっていただろう。
 
どんな場所でもそう。見ただけで、写真に撮っただけで満足し、その場所の歴史を知らなかったら、きっと、意味がない。どうせ訪れるのなら、くくり猿の意味も、きちんと理解しなければ。きっと、教授もそう望んでいる。だからこそ、いつもわたしにいろいろ教えてくれるのね。
 
とってもカラフルでかわいらしいくくり猿に、そっと、触れた。すぐさま教授に連絡しようとしたけれど、ふと、思い直して、やめる。そう、これは「宿題」なのだ。宿題は、休み明けに提出するものと決まっている。
 
教授は今、何をしているのだろう。どこかのお寺で、静けさに身を沈めているのかしら。それとも、部屋にこもって、本を読んでいるのかしら。会わないでいても、離れているなんて思えない。だって、同じ、京都にいるのだから。
 
もうすぐ長い夏休みが終わる。
教授とともに見た五山の送り火。母と行った真々庵や、貴船神社。正寿院、建仁寺、そして八坂庚申堂。この夏だけで、数え切れないほどの写真を撮ったわ。今のわたしにしか、撮れない景色が、ここにある。
 
見上げると、長く伸びた薄雲が、誰かのもとへ向かうように、ゆっくりと、水色の空を流れていた。
  

通称  八坂庚申堂
正式名称  金剛寺(こんごうじ)
山号  大黒山
宗派  天台宗
創建年  平安時代
住所  京都市東山区金園町390
電話番号  075-541-2565
URL  http://www.geocities.jp/yasakakousinndou/
アクセス  京都市バス「清水道」下車。
 五重塔(八坂の塔)を目印に、赤いくくり猿が吊るされた塔ノ下商店街を登ればスグです。
拝観時間  9:00~17:00

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