正寿院・猪目窓

13 風かをる「正寿院」

わたし、御坂琴子は、いささか緊張した面持ちで高野の交差点に立っていた。
 
9月8日。
夏本番は過ぎたとはいえ、空には分厚い入道雲が綿菓子のように浮かび上がり、蝉たちは最後の命を振り絞るかのようにうるさく大合唱している。わたしの頬に流れる汗は、お天道様のせい、だけではない。
 
時をさかのぼること約3週間前、五山の送り火のあとのこと。
強引にわたしを実家から呼び寄せたことに罪悪感を抱いたのか、間崎教授は「お詫びにすきな場所へ連れていってあげよう」と申し出た。めずらしいこともあるものだ、どうせならひとりでは行きづらい場所へ連れていってもらおう、と胸を弾ませていた、の、だが。
 
東大路通を北上してきた紺色の車が、わたしを迎えるように目の前で停まった。車内をのぞき込むと、運転席の教授と目が合った。早く乗りなさい、と声を出さずにわたしを呼ぶ。
 
「お、おはようございます」
 
ぎこちなく挨拶をして、助手席に体を滑り込ませた。おはよう、と実に眠たげな声で教授が迎える。寝起きなのか、いつもより髪の毛がふんわりとしている。五山の送り火の時とも、また、違う。夏休みであるがゆえの油断と、ともに過ごした時間の積み重ねが生んだ、遠慮のなさ。体を覆っていた硬い殻が、ぽろぽろと、剥がれていく、ような。そんな期待を抱いて、上唇を噛む。
 
「……なんだか、雰囲気が違いますね」
 
「何が」
 
いつもの教授は、フォーマルとまではいかないものの、指導者らしい長袖シャツに腕時計をきちんと巻いている。だが今日は半袖のTシャツにジーンズと、普段と比べたらずいぶんラフな格好だ。暑いからね、と言いながら、教授はアクセルを踏み込んだ。
 
ごおお、と乱暴な風が吹く。あれほどうるさかった蝉の鳴き声も、もう、少しも聞こえない。よくよく考えたら、教授に車を出してほしい、なんて、一生徒の分際でするお願いごとではなかったのかもしれない。
 
車の中には意外や意外、英語のポップミュージックが流れている。前から薄々思っていたのだけれど、この人、日本文化がすきだからといって、生活すべてがそうなのではなく、むしろわたしより現代の感覚をつかんでいるような気がするわ。今だからこそ、ああ、この人はお寺の静かな雰囲気の中で佇むのがとても似合うわ、なんて思うけれど、たぶん初対面の人は、おしゃれなカフェでパソコンを開いていそうね、なんて感じるのだろう。
 
BGMが流れていても、なぜだろう、いつもより沈黙が気になった。こんな閉ざされた空間に、ふたりきり、だからかしら。しかも、教授の車、とか。よく考えたら、わたし、家族以外の車に乗せてもらうのって、初めてだわ。毛先をくるくると指でもてあそんで、なんとなく、うつむく。何か、何か、しゃべらなければ。
 
「……喉、乾きませんか?」
 
「コンビニでも寄る?」
 
「いえ、そういうわけでは」
 
会話が不自然に途切れた。わたしをばかにしたり、京都の説明をする時は、ぺらぺらとしゃべるくせに。どうして今は口を開こうとしないの。今こそ何か、話題を振ってほしいのに。
 
「あ、そうだ。これ」
 
信号が赤に変わった瞬間、教授は思い出したように、白い袋をわたしに差し出した。何かしら、と袋に手を差し入れると、ふわふわしたものが指に触れた。それが何か分かった途端、心臓が、鞠のように弾んだ。
 
「あっ、こん様!」
 
「こん様?」
 
教授が訝しげに眉をひそめる。教授から渡されたもの、それは伏見稲荷大社で出会った子ぎつね、こん様――の、小さなぬいぐるみであった。うしろには紐があり、ストラップのようになっている。愛くるしい二つの耳、もふもふとした尻尾。どこからどう見ても、夢に出てきたこん様である。
 
「この間、伏見稲荷大社がどうとか言っていたでしょう。すきなのかと思って。……お詫びも兼ねて」
 
「とてもかわいいです! ありがとうございます」
 
今日だけでも十分すぎるくらいお詫びなのだけれど、あら、意外とそういうところを気にするのね、この人は。こん様は久々の再会を喜ぶように、かわいらしい表情でわたしを見ている。
 
――そういえば。
 
こん様を見ていたら、ふと、あることが気になった。携帯電話を取り出して、写真一覧を開く。カメラで撮った写真は、携帯電話でも見られるようにしているのだ。伏見稲荷大社の鳥居前に佇むきつね像の写真を見つけて、わたしはうーんと首をひねった。
 
「どうした、難しい顔をして」
 
「このきつねの石像、一体どこにあるんだろうって……」
 
「正式にはきつねではなく白狐。稲荷大神様の眷属。……どこって、君が撮ったんじゃないのか」
 
「いえ、撮ったといえば撮ったんですけど、実際に行ったわけではなくて、撮ったのは夢の中で……」
 
「……やはり、どこかで飲み物を買おうか。相当重症だ」
 
「あっ、暑さで頭がやられたわけではありません!」
 
「9月とはいえ、まだ暑いからな。……見せてみなさい」
 
わざと意地悪を言っているのか、本気で心配しているのか。分からないところが、たちが悪い。わたしはしぶしぶ携帯電話の画面を見せた。教授はじぃっと観察するように写真を眺め、
 
「奥社奉拝所にある手水舎近くの石像じゃないか? 千本鳥居を抜けたところの」
 
「えっ? なぜ、そんなことが分かるんですか」
 
「背景の雰囲気と……あと、石像の顔で、なんとなく」
 
「顔?」
 
「伏見稲荷大社にある白狐像は、それぞれ表情が違うんだよ。以前訪ねた時、その石像だけなんというか、他のものと雰囲気が違ってね。小さいというか、子供らしいというか……。それで印象に残っていたんだ」
 
「……教授、詳しすぎやしませんか」
 
「たまたま覚えていただけだ。言っておくが、あくまで推測だよ」
 
保険のような教授の言葉は、もうわたしの耳には届いていない。
わたしはまじまじときつね――いや、白狐像とぬいぐるみを比べ見た。いくら教授とはいえ、白狐像のすべてを把握しているわけではないだろう。もしかして、教授と結びつきがあったからこそ、わたしの夢の中にこの石像が出てきたのではないかしら。そう考えたら、教授そっくりのこん様の口調にも納得がいく。
 
カメラのストラップに、こん様のぬいぐるみをぶら下げた。紐から垂れ下がったこん様が、喜ぶように左右に揺れる。そのかわいらしい動作を見て、にっこりした。これで、夢の中ではなくても、こん様と一緒だ。
 
信号がぱっと青に変わった。ぐんっ、と車が再び発進する。まだ、今日は始まったばかり。
 
 
 
 
 
車を走らせること約1時間。目的地にたどり着いたわたしたちは、近くの駐車場に車を停め、本堂へ続く山道を上った。見えるものといえば、小さな民家や茶畑のみ。それでもこの場所を求めて、次々と車が駐車場に入ってくる。山奥だからか、暑さもずいぶんやわらいで、蝉の鳴き声も少し控えめだ。
 
――カランコロン、カランコロン……。
 
本堂に近づくと、谷川のせせらぎのようにすずしげな音が、風に乗って耳に届いた。自然と、歩調が速くなる。
 
「わぁっ……きれい!」
 
目の前に現れたのは、風に揺れてカランコロンと音を響かせる、数え切れないほどの風鈴だった。文明開化の時代、色艶やかな袴を着た女学生の、陽気な笑い声のような。どこかレトロで懐かしく、それでいてとても現代的な美しい音色が、蝉時雨のように降ってくる。
 
わたしが教授に連れていってほしい、とリクエストした場所。
それは綴喜郡宇治田原町にある「正寿院」である。夏には2000個を超える風鈴が吊られる風鈴まつりが行われることから、風鈴のお寺ともいわれる場所だ。バスは出ているものの少々遠いため、せっかくならば教授に車で連れていってもらおうと思ったのである。
 
振り向くと、教授が一歩離れたところから、黙ってこちらを見ている。おや、いつもなら、饒舌な解説が出てくるはずなのに。
 
「教授も来るのは初めてなんですよね。意外です」
 
「なかなか足を伸ばす機会がなくてね。それに、こういうのはなんというか」
 
まわりを見渡して、言葉を濁す。教授の視線を追って、ああ、と納得した。参拝客の年齢層はさまざまであるが、他の寺院と比べて圧倒的に若い女性が多い。なるほど、確かに教授がひとりで来るにはかわいらしいお祭りである。
 
風鈴をよく見ると、それぞれ異なる絵が描かれている。朝顔や金魚、花火やひまわり。風鈴に吊るされた色とりどりの短冊が、少女の長い髪のようになびいている。
 
風が吹くと一斉に風鈴がさんざめき、やむと、教師に注意された子供たちのように、一斉に、黙り込む。吊るされた風鈴の下をゆっくりと歩いていくと、やまない雨のように、音が、空から降ってくる。
 
「きれいな音……それに、模様も。ああ、素敵。来てよかった!」
 
写真を撮ることも忘れはしゃぐわたしを見て、教授が、あきれたように微笑んだ。
 
 
 
 
 
受付に行くと、拝観券の代わりに「散華(さんげ)」と呼ばれる花びらをかたどった紙と、叶紐(かのうひも)が渡された。
 
「叶紐は、毎月8のつく日のみにお渡ししているんですよ」
 
受付の方の言葉で、わたしと教授は目を合わせた。今日は何日だったかしら、ああ、9月8日だ。示し合わせたわけではないけれど、ちょうどよかったのだわ。思いがけない幸運に、顔がほころぶ。
 
本堂に入ると、そこはお茶菓子をいただいている参拝客が座っていた。荷物を置いて席を取り、まずはお参り。
本尊がいらっしゃるという扉の前にふたりで座ると、正面に紐が垂れ下がっていることに気づいた。
 
「この紐は何でしょう?」
 
首を傾げると、教授がちらっとあたりを見渡す。それから説明を見つけたらしく、
 
「結いの紐といって、本尊である十一面観音の指と結ばれているらしい。十一面観音は50年に一度だけご開扉されるので、見ることができない代わりにご縁を結ぶため、この結いの紐があるんだと」
 
いつもより少したどたどしい、口調。わたしは何度も目をぱちくりさせ、いつもより少し若く見える表情を、眺めた。わたしの視線に気づいて、教授が、居心地悪そうに眉をひそめる。
 
「……何だ、その目は」
 
「いえ、なんだか新鮮だなと……。教授って、何でもご存知だから」
 
「……役に立たなくて悪かったな」
 
拗ねたように顔を背ける。その子供のような反応がおかしくて、わたしは思わず笑ってしまった。普段、教えてもらうばかりだけれど、こうして知らないことをふたりで知っていくのも、友人同士のようで、楽しい。
 
手順書に書いてあるように、お鈴を2回、鳴らす。これは、お姿が見えない十一面観音様に対し、わたしたちで言うところのドアのノックのようなことらしい。鈴を鳴らしたあと、目の前の結いの紐を両手で挟み、手を合わす。そして、お願いごとをお伝えするのだ。
 
わたしの願いごとって、何だろう。
貴船神社に行った時も、結局、これといった願いは思いつかなかった。誰にでもあてはまるような平凡な縁結びをただ、願った。わたしだけの願いって、一体、何なのだろう。
 
うっすらと目を開けて、気づかれぬよう、隣を見る。教授は何か、切なる祈りをするように、じっと手を合わせている。そんなに懸命に目をつぶって、手を合わせて、一体何を願っているの。何を、思っているの。こういう時、改めて気づく。わたしは、教授のことを、何も知らない。
 
かわいらしいお茶菓子をいただいてから、叶紐を地蔵堂へと結ぶ。風鈴の音に見送られ、今度は「則天の間」と呼ばれる客殿へと移動した。
 
「あっ、これです! わたしが見たかった、ハート形の窓!」
 
わたしの目に真っ先に飛び込んだもの。それは、ハートの形の窓だった。かわいらしい窓には灯篭と、風にそよぐ黄緑の葉がのぞいていて、それだけで絵画のよう。見上げると、そこには160枚もの天井画がずらりと並んでいる。春夏秋冬の舞妓さんやアヤメ、椿などの花模様、そして四隅には青龍、白虎、朱雀、玄武。色とりどりの絵が、空のように広がっていて、まるで花畑を見ているようだ。
 
「予想どおりとってもかわいい。写真、100枚くらい撮りたいな……」
 
「何をそんな、女子みたいなことを」
 
「わたし、一応女子なんですよ。教授ったら、そんなこともご存知なかったんですか」
 
ファインダーをのぞき込んで、この、とんでもなくかわいらしい景色を写真におさめる。こうしてレンズを向けていると、なんだかお寺ではなくおしゃれなカフェに来たようだ。まわりを見ると、今までのお寺と少し雰囲気が違った。若い女性たちが携帯電話のカメラをそこら中に向け、楽しそうにはしゃいでいる。
 
「それにしても、なぜハートの形なんでしょう。なんだかとっても現代的」
 
「あの形は猪目といって、古来からある日本伝統文様の一つだ。猪の目の形だとか、『亥』が変形したものだとか、諸説いわれている。災いを除き、福を招く意が込められているんだよ」
 
先ほどとはうって変わり、教授は川の流れのようにすらすらと答える。結局、知らないことより知っていることの方がはるかに多いのだから、ずるいな、と思う。やはりわたしは今回も、この人の知識に感心せざるをえないのである。そんなことを考えていたら、自然と頬が膨らんでいたらしい。「どうした」と、教授がふしぎそうに首を傾げた。
 
「リスの真似なんかして」
 
「していません。……何でもないです」
 
わたしはちょっぴりおもしろくなくて、子供っぽく顔を背けた。今日はなんだか、普段より教授と同じ目線でいられるような気がしたのに。教授と生徒という立場を忘れ、友人のように話せると思ったのに。いつだってそう。あたりまえのことだけれど、教授の方が博識なのだから、わたしは肩を並べられない。こんな考えを持つことすら、子供じみているっていうのに、いやだわ、わたし。
 
背後から、教授がひょいっとわたしのカメラをのぞき込んできた。たった今わたしが撮った写真を見て、微笑みが、やわらかい光のように、こぼれ落ちてくる。
 
「本当に、君はいい写真を撮るな」
 
機嫌をとるわけでもなく、慰めるわけでもない。飾り気なんて微塵もなく、呼吸をするように、さらりとそんなことを言う。わたしが今、何を思っていて、どんな言葉を欲しているのか。それを察知する能力がとんでもなく高いので、わたしはすぐに、ほだされてしまうのである。
 
カメラのストラップについているこん様が、何かを伝えたそうにゆらりゆらりと左右に揺れた。
 
(私もそう思っていますよ、琴子さん)
 
ああ、これは、未熟なわたしの願望かしら。夢の中と同じ、やわらかな声が、心の奥に届いた。
 
 
 
 
 
どれだけ移動距離が長くても、どれだけゆったりと時を過ごしても、別れの時間は、あっという間にやってくる。正寿院に行ったあと、ゆっくりと昼食をとったり、甘味処に寄っていたら、思ったよりはるかに時が過ぎていた。
一乗寺のマンション下に車が着いたのは、夕方5時を過ぎた頃。
 
「今日はありがとうございました。おかげで、とてもいい写真が撮れました」
 
助手席にわたしを縛りつけていたシートベルトは、あっさりと、外れてしまう。もう少し、わたしを引き留めてくれても、いいのに、なんて。
 
「私も楽しかったよ。君の行きたいところに行くのも、新鮮でいいな」
 
「でしょう。これからも、リクエストしますから」
 
ふふ、と友人のように笑って、助手席から降りる。ドアを閉めようとしたわたしを、「琴子さん」と、教授の声が引き留めた。
 
ちょっとかがんで、運転席をのぞき込む。教授は新しいいたずらを思いついたように、口の端を上げて、携帯電話を取り出した。
 
「夏休みの間に、宿題を出そう」
 
「えっ?」
 
聞き返そうとしたその瞬間、ポケットに入れていた携帯電話が音を立てた。見ると、目の前にいるはずの教授から、メッセージが届いている。一体、どういうことなの。尋ねるより先に画面を開くと、そこには、1枚の画像が貼られていた。
 
瓦屋根の上に、何かが3体、座っている。じぃっと、小さな画面に目を凝らすと、それは「見ざる・言わざる・聞かざる」の三猿だった。写っているものはたった、それだけ。背景もなく、場所のヒントとなるようなものは何もない。
 
「これはどこにあるんですか?」
 
「それを見つけるのが、宿題だよ。祇園周辺を巡ってみなさい。夏休みは学生の特権だ。今しかできないことを、たくさんするんだよ。常に周囲に目を向けていれば、君ならきっとたどり着ける」
 
まるで先人の言葉を伝えるように、一言一言、噛み締めて、わたしに届ける。出会った時から、そう。この人にずっと、言われ続けていること。携帯電話を、ぎゅっと胸の前で握り締めた。覚悟を伝えるようにうなずくと、もうそれ以上一緒にいる理由がなくなって、助手席のドアを閉めざるをえなくなった。
 
声が届かなくなったというのに、引き留める理由がほしくて、小さく口を開いた。遊園地から帰りたくない、と、駄々をこねる子供のような、あの、どうしようもなく身勝手な気持ちが、心の隅に宿っていた。
 
伝える言葉なんてないというのに、助手席の窓が開いた。どうしたの、と、教授が、小さく首を傾げる。何か言おうと思うのに、なぜだかちっとも言葉が思いつかない。ありがとう、は伝えたし、さよならは、言いたく、ないし。
 
結局、何も言えないまま口を閉じ、じっと、教授を見る。聡いこの人は、何も伝えていないのに、何でも分かったかのように、優しい微笑みをわたしに向けた。
 
「新学期、会えることを楽しみにしているよ」
 
その言葉だけを、はなむけに。優しさだけを、置き去りに。教授はためらいなくアクセルを踏み、わたしの元から去っていった。
 
 
 
 
 
車が見えなくなると、途端に、今日あった出来事が、過去へと変わったように思えた。たった、1分前まで、教授は隣にいたのに。友人同士のように車に乗り、1日を、過ごしたのに。
 
教授の住んでいる場所は百万遍。わたしのマンションから、車で5分。歩いていける距離なのに。会おうと思えば、いつでも会えるのに。それができないのはきっと、わたしと教授が、友人では、ないから。
 
(どうしたんです、琴子さん)
 
わたしの心配をするように、ストラップについたこん様が、そっと顔をのぞき込んできた。わたしはこん様を両手に包み、何でもないよ、と首を振った。
 
「こんなに近くに、いるのにね」
 
なんだか、まだ、遠いなぁ。
 
 

正式名称  正寿院(しょうじゅいん)
山号  慈眼山(じげんざん)
宗派  高野山真言宗
創建年  800年ほど前
住所  京都府綴喜郡宇治田原町奥山田川上149
電話番号  0774-88-3601
URL  http://shoujuin.boo.jp
アクセス  ・京滋バイパス宇治西ICから車で約25分。
 ・京阪宇治、JR宇治駅から東に約15㎞。
拝観時間  4月~10月は8時半 ~16時半まで。11月~3月は8時半~16時まで。
拝観料  400円(お茶・お菓子付き)

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